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名古屋家庭裁判所 昭和39年(少イ)6号 判決

被告人 水野政子

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、愛知県豊田市昭和町三丁目一二〇番地において若水寮の屋号で芸妓置屋を経営しているものであるが、芸妓として雇い入れた○代こと○口○子(昭和二二年一二月二日生)が一八歳に満たない児童であることを知り乍ら、同女をして、昭和三八年一二月一一日頃から同三九年二月八日頃までの間、数回に亘り、名古屋市中区○○百貨店東側ホテル○○○○その他において、関光平等不特定の客数名を相手に売淫をなさしめ、以て、満一八歳に満たない児童に淫行をさせたものである。

(証拠の標目)

一、被告人の検察官に対する各供述調書及び司法警察員に対する昭和三九年四月一〇日付供述調書

一、証人○口○子の当公判廷における供述(第三、四回公判)

一、関光平、南部良雄こと矢頭義一及び杉浦啓介の司法警察職員に対する各供述調書

一、神領康子の司法警察員に対する昭和三九年四月六日付供述調書

一、押収してある花山帳一綴(昭和三九年押第四五八号の一)

(法令の適用)

児童福祉法三四条一項六号、六〇条一項(懲役刑選択)

訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文

なお、被告人及び弁護人は、本件○口○子の売淫の事実は了知していたが、被告人が勧めたことはなく、淫行させたものではない旨弁解している。しかしながら本法に所謂「児童に淫行をさせる」という意味は、児童に淫行を強制したり、積極的にこれを勧めたりする場合ばかりではなく、直接的たると間接的たるとを問わず事実上の影響力を児童に及ぼし、児童をして淫行々為を為すことを容易ならしめ、或いはこれを助長し、更にはその原因を与える一切の行為をも含むものと解するのが立法の精神に照らし相当と考えられる。この意味において被告人に罪責のあることは前掲各証拠よりみて明らかといわねばならない。

次に被告人に対する刑の量定についてであるが本件事案をどのように評価するかは検察官の論告と弁護人の弁論とが端的に示しているごとく、見方により種々の評価がなされうるであろう。

ちなみに「すべて国民は児童が心身ともに健やかに生まれ、且つ育成されるよう努めなければならない。すべて児童は、ひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない。」という児童福祉の理念の下に本法が施行されてから既に一六年余の歳月を経過しているにもかかわらず、なお児童の福祉を害する成人の事件があとをたたないばかりか、むしろ近時頻発の傾向すらうかがえるという社会の実状はまことに寒心にたえないものがあり、本件もこのような社会の実状を示す氷山の一角といい得よう。

しかして、本件において当裁判所が最も遺憾とするところは、事件そのものの態様もさること乍ら審理の全過程を通じて、被告人において児童福祉の理念を真に理解したうえでの真摯な悔悟反省がなされたものとは、ついに認め得られなかつたことである。

したがつて被告人の身上その他被告人のため有利と認むべき諸般の情状を勘案してもなお、被告人に本法の理念と本件事案のもつ重大性についての正しい認識と、それに基づく真摯な反省を求める意味において、又一般予防の見地からみても被告人に対しこの際、主文掲記の程度の実刑を科するのが相当であると考えられる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野精)

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